カテゴリー別アーカイブ: トイカメラ(写真詩)

小学生のころの夏休み

小学生のころの夏休み
 
焼きつけるような炎天下に
3~4人で群れになって「わぁ」っと駆けていく。
 
ボールを追って、ジャングルジムにのぼって、
汗をかいたら、水道の水飲み場の蛇口をひねる。
 
水が冷たくなるのを待って、順番を待って。
飲んだらまた「わぁ」っと駆けていく。
 
昔のようで、まだまだ鮮明な記憶。
夏になると、決まって思い出す。
 

夏を伝える涼の使者

Degi Hari
 
目線を15°、ふと上げたらそこに涼の使者が。
涼やかさを体全体で表現したような色、スタイル、佇まい。
夏に向かって少しずつ気温が上がる毎日。
夏の予告は、涼やかさを感じさせることでも伝えることができるのですね。
 

じぶん任せ

Degi Hari
 
ため息をまとって歩く帰り道
足元に小さな花を見つけた。
 
励まされた、気がした。
気がしただけ。
それでもちゃんと、家に帰らなきゃと思った。
 
ご飯を食べて、しっかり寝て、そして・・・
あとのことは、明日の僕に期待だ。
 
 

花を愛でろ


 
世の中にはこんなきれいなものがあるのに、
「仕事があるから見に行かない」なんて、愚かなことですよね。
差し迫った仕事をこなすよりも、きれいなものを見て、愛でる。
そんな豊かな心を培う方が、人間には大事だと思うんです。
 

とにかく寒いから、自力でがんばることにします。

Degi Hari
 
冬の日本海。
きれいで迫力もあるけど、
とにかく寒い。風が強い。
 
そんなとき、自分でも変な想像をした。
今、耳元で神様がささやいて、
「この冷たい海で泳げたら、一生幸せにしてやろう」
と言われたらどうするか。
 
う~んと僕は考えて、神様の申し出は断った。
 
「僕の幸せは自分で決めるし、自力で手に入れます。
 それに、風邪をひいたら不幸だもん」
 
カッコイイこと考えながら、寒さに耐えれず車に戻った。
 

色が溢れて華やぐ時

Degi Hari
 
色のない交差点で、色のない人たちが行き交うのを見ながら、
やはり色のない僕の足が歩いていた。
でもそのとき、1人だけ、とてもとてもカラフルに見えた。
それは春の日の一日のような、
クリスマスのイルミネーションのような、
あたたかくでキラキラした景色だった。
 
これは恋だと、わかった。
すれ違い、そのまま遠ざかっていく恋だけど、
目の前の景色は、すべての色を取り戻していた。
 
 
(※この詩はまったくもってフィクションです)