俳句ってすごい発明だと思う今日この頃

このブログも30記事を超え、
今日は何気なく過去記事を見ていました。
なんだか変なこと書いてるなぁ。と後ろ足で砂をかけたくなったり、
このフレーズはなかなか面白いのでは?なんてにんまりしたり。
 
分析と言うとカッコよすぎるし、
気持ち悪いと言われると心外と感じる、そんな行動を取っているとき、
こんな過去記事を見て、改めて感嘆しました。
今日の平成教育委員会で出題された小学生の俳句が上質すぎた

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僕の文章にではないですよ。
この記事で紹介した小学生の俳句に、です。
(どんな俳句だったかはリンクからジャンプしてみてください)
 
 
で、僕はしみじみ思ったのです。
 
俳句って、すごい文化だなぁ。いや、むしろこれは発明ではないか。
 
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だって、5・7・5のたった17字で、こんなに感動してしまうなんて。
しかも、その17字のなかに季語を入れなければならないという厳しい縛り。
季語がないってないと俳句とは認められません。
(だから上の画像は正確には俳句でないものばかりですね。いい作品ですが)
 
つまり、
単純にうれしい気持ち、悲しい気持ちなどを表現したいとき、
そんなときも、必ず季節に結びつけなければならないのです。
 
いやいや、こんな気持ちに季節とか関係ないし!
なんて思ってしまいますが、それでも結びつけなければならないのです。
 
そうすると、
「ああ、こんなうれしい気持ちはまるで春の陽だまりのようだわね」
などと考えなければなりません。
 
するとどうでしょう。
なんか突然風流な感じが漂います。
「あんなあんなことがこんなこんなになってうれしいの!」
と事細かにしゃべられるより、品があり、逆に奥深いストーリーになります。
 
季語の縛りを加えることで、
日本人は自分の気持ちの微妙さやあいまいさを
そのとおりに表現できるようになったのでしょうね。きっと。
 
風流という文化はここから生まれてきたんではないでしょうか。
微妙さやあいまいさの表現を評価する日本の文化が、僕はなんとも好きです。
 
 
 
では、終わりに一句。

季語の妙 喜怒哀楽を 歌にして
 
・・・季語入ってないし。(季語という単語は入ってるけど)
 


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