『直虎』35話。生き残った者は”背負える者”だから生き残る。


 
今日の『直虎』は悲しい出来事続きのあとの少しだけほっこりできる回でしたね。
それでも、直虎や龍雲丸は「自分だけが生き残ってしまった」と嘆きます。でもやっぱり、生き残る者には意味があると思うのです。

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子どものころ、武家だった父親は城を守るために自分だけを逃がした。結果、みんな死んでしまったのに自分だけが生き残った。
そして今回の堀川城の戦いでも、龍雲党の仲間を失ったのに頭の自分だけが生き残ってしまった。
 

 

 
「どうしていつも俺だけ生き残っちまうんでさぁね」
 
龍雲丸がそんなふうに考えしまうのは無理もないです。
 
戦いに巻き込まれて死んでいった哀れな仲間と同じく、自分もいっしょに死にたかった。なによりみんなに申し訳ない。とても珍しいことに、ここで龍雲丸は人前で涙を見せました。
 
 
しかし、龍雲丸のその言葉を聞いた直虎もまた、同じ経験をしている、そして今回もしたばかりの者です。
 

 
思い返すと、本当にそうです。
世代は違いますが、父の直盛たちの世代は桶狭間で死んでしまったし、直親が駿府に向かう際に殺されたことを思い返しても、直虎はずっと小さなころに一人駿府に飛び込み、生き残って帰ってきたのです。
 
そして、今回死んでしまった政次についても、城代が直前に直虎から政次に変わっていなければ、もしかしたら死んだのは直虎だったかもしれません。そもそも、城代が政次でなかったら、近藤はあんな謀略を考えなかったかもしれません。
 
 
 
しかし、生き残る運命にあった者は、死んでしまう運命にあったものの想いや役割を背負えるからこそ生き残ったのではないかと僕は思うのです。
 
龍雲党の仲間の生き様を体現できるのは、やはり頭である龍雲丸でしょう。
民百姓や敵味方含めた周りの武将から目の敵にされず、一目置かれるのは、やはり政次ではなく直虎だったのです(これは実際に政次が直虎にそう言ってましたね)。
 
何より、死んだ者の想いを背負わなければという気概を誰よりも持ち合わせている人物だと思うのです。
 
 
 
ちなみに、方久が生き残ったのも同じですよね。
金に鼻の利くだけの商人だった方久ですが、今回の出来事で罪悪感や使命感を感じ取り、そこでへこんでしまうのではなく、薬の商人として世の中に役立とうと立ち直りました。
そういう人間だから生き残るのです。
 
 
あと個人的には、氏真が人間らしい表情をして笑っていたのを見れたのが一番のほっこりポイントでした。
 
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