『西郷どん』6話。ジョン万次郎はアメリカの大学で主席だったという驚愕の事実

トゥデイの『西郷どん』でキーマンになったキャラクターと言えば、ジョン万次郎ですよね。歴史に疎い僕にはこのキャラクターのことはアイドンノー。ウィキペディアでリサーチしてみました。なんと、ジャパニーズなのにアカデミーで主席だったそうです。ラブです。僕はジョン万次郎をラブしもした。

スポンサーリンク

 

無駄に時間がかかるのと読者様にもウザイと思われそうなので、ここからはいつもどおり普通に書きますね。

大河を見ていると、僕の知らない人物がたくさんでてきます。それをウィキペディアで調べるととても面白いんですよね。今回のジョン万次郎のページは特に面白かったです。

 

九死に一生を得た漁師の子

万次郎は仲間とともに14歳のときに漁に出て、そこで嵐に遭い、5日半海をさまよった後に無人島に到着。ここまででもすごいのに、その無人島で143日間もサバイバルをします。まさに九死に一生を得たと言ってもいいでしょう。何度「おれ死んだな」と思ったことでしょうか。

143日間の無人島サバイバルの結果、アメリカの捕鯨船に救助されます。ここは大河ドラマの話のとおり。ジョンという名前はその捕鯨船の名前「ジョン・ハウランド号」にちなんでつけられたそうです。

 

船長に頭の良さを気に入られる

捕鯨船の船長に頭の良さを気に入れられ、また本人自身の希望もあり、万次郎はこの船で航海する生活を続けたそうです。

さらに船長の養子にも迎えられ、オックスフォード学校というアメリカの小学校や、バーレットアカデミーという私立学校に通い、さまざまなことを学びました。

 

異国の学校で主席!!

これがすごい!僕がウィキペディアを見ていて感動してしまったポイントです。

たまたまのアクシデントと幸運により流れ着いた異国の地。そこで通う学校は、万次郎にとって楽しいことばかりではなかったはずです。ウィキペディアにも「人種差別も経験した」と書いてあります。

ポツンと一人、教室のなかにアジア人、しかも鎖国中の日本人がいる。周りの子どもからはかなりの奇異の目で見られたことでしょう。

そんな環境で、万次郎は「寝る間を惜しんで熱心に勉強し、首席となった」そうですが、サラッと書いてあるけどこれは本当にすごい。マジで寝ないで勉強したんだろうと思います。もともとの頭がよかったこともあったのでしょうが、その精神力に僕は驚愕します。

僕にもそのくらいの精神力と覚悟があれば、このブログもとっくに大人気ブログ。それだけで贅沢な生活ができる収入もあって、今の会社なんてオサラバしている…!くらいは朝飯前のはず。

こんなにがんばれる子どもがいるとは。恥ずかしい限りですよね。ブログで成功して…なんて独善的な目標しか掲げていない時点ですでに。

 

今の日本を作った男ではないか

アメリカで学んだことを日本にがっつり持ち込んだジョン万次郎。意を決して日本に帰ってきたのが、海外の動きに興味津々の斉彬が藩主になったタイミングの薩摩であったというのも、すごい巡り合わせですよね。

今の日本があるのは、このジョン万次郎ではないかとさえ思えてきます。そのために漁で嵐に遭い、九死に一生を得て生き延び、アメリカの捕鯨船に救われたのではないかとも。

そしてそれが最強の努力家の子であったことも。

これは、運命というのは本当に存在しますね。なんていう奇跡なんでしょう。

 

 

今夜は始めて知ったジョン万次郎のことを調べて深く感動しました。本編のストーリーとは外れてしまっていますが、こいうのも大河の楽しみです。

万次郎を見習って、努力家を目指したいと思います。まずは、「ジョン・カズ」と名乗るところから始めますね。