「フォルトゥナの瞳」読みました。運命はこの瞬間にも変わっている【ネタバレあり】

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百田尚樹さんの小説「フォルトゥナの瞳」 を読了しました。これまた罪な設定のストーリーでしたが、その状況にある主人公の葛藤と選択を描くのが百田さんらしい一冊でした。
人生とは選択の連続。そう考えさせてくれる本でした。ネタバレありで感想書いていきます!

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神の目とその代償

近々死ぬ運命にある人が透明に見える目。それがフォルトゥナの瞳。フォルトゥナとはローマ神話の運命の女神の名前です。「運命の女神には前髪しかない」という言葉がありますが、それはフォルトゥナのことだったことをウィキペディアで知りました。

ただし、透明に見える人の運命を変えて死の運命から救ってしまうと、心臓や血管が著しく損傷し、自分が死に近づくというオマケつき。(これを主人公は「死神の仕事の邪魔をしたから殺される」と解釈をしているのがなかなか言い得て妙だと思った)

そんなフォルトゥナの瞳の力を手に入れてしまった主人公の慎一郎。「運命」というものに翻弄されながら、しかし真摯に向き合う姿が印象的な一冊です。

 

蝶が羽ばたくと嵐が起こる

この本で僕の印象に残ったのは、クライマックスの慎一郎の決断よりも“バタフライ効果”う言葉の存在でした。

「北京で一匹の蝶が羽ばたくと、ニューヨークで嵐が起こる」というまったくもって突拍子もない話。慎一郎はこれを同じフォルトゥナの瞳を持った黒川という男から聞かされます。

黒川は、このバタフライ効果の話をもって、慎一郎に運命にかかわることの危険性を説きます。

黒川は過去に、死ぬ運命の男を、近くの空き缶を蹴飛ばし、それに注意を向けさせることで男の足をわずかに止め、事故死する運命を変えて男を救った。しかし、その男はのちに一人暮らしの女性を犯して殺すという事件を起こした。黒川はこれをニュースで知り、運命にかかわることの恐ろしさを知ったという。

自分が空き缶を蹴飛ばしたから女性が死んだ。これが黒川の言う“バタフライ効果”だったのです。

 

僕は、「風が吹くと桶屋が儲かる」という昔の格言と似てるなと思いました。

①風が吹く ⇒ ②塵が舞う ⇒ ③それが目に入り失明する人が出る ⇒ ④盲目の人の仕事は三味線弾き(と相場が決まっていた) ⇒ ⑤三味線の需要が増える ⇒ ⑥三味線の弦には猫のひげが使われる ⇒ ⑦猫が狩られる ⇒ ⑧ネズミが増える ⇒ ⑨ネズミに桶を齧られる家が増える ⇒ ⑩桶屋が儲かる

※大学のとき、何かの授業で講師から聞いた話なので細かいところは違うかもです。

つまり、本当につまらないような些細なことで運命や結果はガラリと変わる。そんなことを考えされられました。すべての物事はつながっているのだということも。

 

慎一郎も葵も、もっと我を通せよ!

同じくこの本を読了した方、こう思いませんでした?

慎一郎が死の運命から救った携帯ショップの女性、葵。(このとき葵を救った慎一郎はその代償に体がダメージを受けることを知らなかった)。葵と慎一郎は恋人として結ばれますが、クライマックスは寂しいかったですね。

クライマックスで、慎一郎は悩んだ末に列事故を食い止め、その代償で死ぬことを選びました。

レールに横たわり、事故を食い止めた慎一郎は、その瞬間心臓がこれまでになく痛み、死を感じるのですが、そのときに「死んだら両親と妹のなつこがいる」と考えるのですが、僕はこのシーンで・・・

葵はいないぞ!?バカヤロー!

と心底ツッコミました。

列車事故を見過ごすことは、自分だけ葵との幸せをつかむ“ずるいこと”、と考えていた慎一郎ですが、僕に言わせればその選択もエゴだと思いました。なぜなら、自分が死ぬことで、確実に一人、葵を悲しませることになるからです。

ただ、他にも同じ方はいらしたと思いますが、僕は読んでるうちに葵もフォルトゥナの瞳の能力者なんだな。と確信していました。

ベッド中で慎一郎を見て、突然葵が泣きだすシーン。あそこが確信ポイントでしたね。あとにエピローグでもそれが書かれていました。

だから葵も、慎一郎が死ぬことがわかっていたなら全力で止めろよ!と思ってしまいました。慎一郎は「迷いは完全に消えた」と自分の中で答えを出していましたが、葵には何か手があったのではないでしょうか。

諦めるにしても、ちょっと早かったのでは?という印象が残りました。

また、お互いにフォルトゥナの瞳を持っているんだと打ち明けていれば、結果は変わったのではないかなと思います。もちろん、そのときは列車事故は予定通り起きてしまうのですが・・・

それでも、もっと我を通せよ!と思ってしまって仕方なかったですね。

 

わからなかったこと

最後に、疑問に残ってしまったことを書こうと思います。「それわかったでしょ!?」という方いたら教えてくださいね。

僕がわからなかったこと、それはエピローグの部分。

葵にとって、慎一郎が初めて会った同じフォルトゥナの瞳を持つ人間なのに、なぜ運命を変えると自分が死に向かうことを知っていたのか?というところ。

自分も何人かの命を救い、そのあとに起こる体の異変で勘づいていた。ということでいいのかな?
慎一郎は黒川から聞いて知った。黒川は以前に死んだお坊さんの男を知っていて知った。

ということだったので、葵が代償について確信に近く知っていたことに違和感を持ってしまいます。

 

まとめ

「運命が見えたら・・・」「未来を知れたら・・・」という思いを持ってしまうこと、ありますが、この本を読むとその考えが変わりますね。

運命は、見えないからこそ希望を持って生きて行けるのかもしれません。その希望を大事にして、運命を切り開いて生きていきたいものです。

 

 

追記:2019年に神木隆之介、有村架純の主演で映画化されるそうです!

どんな仕上がりになるか気になりますねぇ!

  

 

 

 




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